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NPO法人 CFFジャパン
2020/07/22
CFFマレーシアの始まりと今、そしてこれから

こんにちは。CFFジャパン代表理事の安部光彦です。2007年より、CFFジャパン現地駐在員としてマレーシアに派遣され、2010年、創設者二子石章より引き継ぎ代表理事に就任いたしました。現在は家族でマレーシアへ移住し、CFFマレーシア「子どもの家」の運営に従事しています。

私がマレーシアに来たのは2004年7月。(当時私は39歳)

青年海外協力隊(ソーシャルワーカー)として現在CFFマレーシアがある場所から車で一時間ほどの場所にあるNGOに配属されました(知的障碍児者の養護学校、職業訓練、就労支援)。

当時、町の中心にはフィリピンやインドネシアからのストリートチルドレンがたくさんいました。

また地方の村を回ると貧困、児童虐待、育児放棄の犠牲になっている多くのマレーシア人の子どもたちにも出会いました。

もともと私は知的障碍者福祉が専門であり、児童福祉の経験はほぼなかったのですが、その惨状を目の当たりにして、「この子たちへ支援したい」と思ったのと、CFFの創立者二子石さんとの出会いがCFFマレーシア設立構想の始まりでした。

協力隊任務を終え、一度帰国してから、即座に退職手続きを済ませ、2006年10月にはマレーシアに戻ってきました。

2007年に日本から14人の青年の参加者が集まり、CFFマレーシア設立のための第0回スタディツアーを開催、その後、18000坪の土地の購入(日本人260名からの寄付で購入)

2008年現地法人認可、第1回ワークキャンプ、

2011年には初めての地元でのチャリティコンサート開催(その後2年毎に開催)、子供の家第1棟、2棟の建設

そして2012年に、最初の子どもが4名入所。

2015年には子供の家多目的ハウス(事務所、食堂、ダイニング、勉強部屋、相談室、図書室など)が完成、

2016年度からは本格的な環境保全型農業をスタート、

2019年には2名の児童が高校を卒業し、それぞれ、予備校、職業訓練校へと新しい道を歩み始めました。

この間、この子どもたちの成長を支えてくれたのは、
現地理事会、地域の様々な人々はさることながら、日本とマレーシアの地元からのキャンプ、スタツアに参加してくれた青年たちの存在は格別に大きいものでありました。

子どもたちはみなさんに心から愛されて健やかに育っています。

2020年の新型コロナウイルスの影響によりCFFマレーシアでも経営危機というこのような状況下ではありますが、長い目で見れば実は希望に満ち溢れていることに気づかされます。その要となるのが「土地」があるということです。

12年前に260名の日本人の寄付で購入した18000坪の土地にはマンゴー、アボカド、マンゴスチン、ドリアン、パイナップルなどの果物が豊かに実を結び、また化学肥料を使わない土地からは野菜がたくさんとれています。

マレーシアでも3月から外出禁止令の状況が続いている中、子どもたちはこの広大な土地の中での農作業やスポーツ、音楽活動の他、様々な勉強をしながら毎日健やかに育っています。

この「壮大なる豊かさ」の中で子どもたちの成長を見ていると、また現地を支えるための日本の青年たちの活動を見ていると、
そして24年のCFFの歴史の中でその経緯をずっと見守り末永く支え続けてくださっている支援者の皆様の存在を思うと

「CFFは潰れることはない、絶対大丈夫」

という確信と平安に満たされます。
このような時なのにです。

CFFは誰のものでもない、みんなのもの、そして、未来のものです。

皆様と共に歩めることに心から感謝して。

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