「おいしい」の向こうを、伝え続ける。 またいちの塩・平川さんが守りつなぐもの

新三郎商店株式会社さま
- 生産・製造
- 食品・飲料
- ~100名

福岡県糸島市。豊かな緑に囲まれた海のそばで、昔ながらの製法で塩をつくるのは「またいちの塩」を営む、平川秀一さん。
もともとは和食の料理人でしたが、ある塩との出会いをきっかけに、自ら塩をつくる道へと進みます。料理人として届けられる「おいしい」には、限りがある。でも、塩なら、もっと多くの人へ届けられる。そうして始まった塩づくりは、やがて海や食、その背景にある自然を伝える営みにもつながっていきました。
「おいしい」を、もっと多くの人へ
もともとは、料理人をされていたそうですね。

和食の料理人をしていました。和食では、塩はとても身近で、大切な調味料です。使い方ひとつをとっても、細かく教えられてきました。
そんななかで、九州のある場所で出会ったのが、天草でつくられている自然海水塩でした。それまで私が知っていた塩とは、まったくの別物で。「これが、塩なのか」と驚きました。その塩で料理をしてみると、素材の味が引き立って、料理そのものが変わるような感覚がありました。そこから、塩というものに、どんどん興味を持っていったんです。
その塩を「使う」のではなく、ご自身で「つくる」ことを選ばれたのは、なぜだったのでしょうか。
今にして思えば、それが自然な流れだったんです。お店で料理を出していると、その場に来てくださった方にしか味を届けることができません。でも、調味料をつくれば、もっと多くの人の食卓へ届けることができる。
当時は、そこまで言葉にできていたわけではありません。でも今振り返ると、「もっと多くの人に、おいしいを届けたい」。その想いが、根っこにあったんだと思います。
豊かな自然が、味をつくる
塩の味は、その土地の自然と、深く関わっているそうですね。

塩は、海からいただく海水を材料にしてつくります。だから、その海水がいい状態でなければ、いい塩はできません。同じ海のように見えても、近くに川があるか、大きな山があるか。その土地の自然によって、海に生きるものは変わり、塩の味も変わってくるんです。
糸島は国定公園の中にあります。木を一本切るにも申請が必要なくらい、自然が守られている場所です。その森の恵みが、川を通って海へ流れ込み、その海から、私たちは塩をつくらせてもらっている。
海だけでなく、その海を育てる森や川も含めた、この環境そのものが、味を支えてくれているんです。
海が教えてくれる変化
毎日同じ海を見ているからこそ、気づく変化もあるのでしょうか。

ありますね。いちばん感じるのは、海水の温度です。年々上がってきていて、獲れる魚の種類も変わってきました。以前は、もっと南の海にいたはずの魚が、この海で獲れるようになったんです。たとえば、沖縄にいるような魚が、博多湾で見つかることもあって。
海藻にも、変化があります。たとえばヒジキ。昔は1メートル以上に伸びていたものが、最近は水温が高すぎて、その半分以下にしかならなくなってきているんです。 私たちが塩をつくらせてもらっているのは、豊かな海藻があるこの海だからこそ。その海藻が減ってしまったら、本当に困るんですよ。
ニュースでは見えない変化を、毎日見ているんですね。
そうなんです。実は、もっと身近なところでも感じています。うちの塩をつくっている場所には石垣があるんですが、その内側の土が、少しずつ波に吸い出されていくんです。以前はなかったことでした。海の水位が、少しずつ上がってきている。
ニュースで「海面上昇」と聞くと遠い出来事のようですが、毎日海のそばにいる私たちにとっては、目の前で起きている現実なんです。
海を守るために、まず知ってもらう
その変化を感じるからこそ、海を守る活動もされているんですね。

ただ、大それたことをしているわけではないんです。私がいちばん大事だと思っているのは、「知ってもらうこと」なんですよ。
たとえば、海に流れ着くプラスチックのごみ。マイクロプラスチックの問題も、知らない人が多い。でも、まず知ってもらえれば、「じゃあ、自分に何ができるかな」と、考えるきっかけになる。だからこそ、まずは知ってもらう場をつくりたい。そんな想いで、海洋プラスチックについて学べる施設「PLAPLA(プラプラ)」を運営する『海の哲学ラボ』という活動にも関わっています。
知ってもらうことが、はじめの一歩になる。
たとえば、PLAPLA内にあるカフェで、市場に出回らない魚や、間引かれた小さな柑橘を使ったメニューを出しているのも、同じ理由なんですよ。価値がつきにくいとされているものにも、本来のよさはちゃんとある。それを食べて知ってもらえれば、「こんなにおいしいんだ」と、興味を持ってもらえる。
問題を、ただ伝えるだけじゃなくて、おいしいと感じてもらいながら知ってもらう。そういう入り口を、いろいろつくっていきたいんです。
今回、電気を自然エネルギーに切り替えてくださったのも、その一つでしょうか。
そうですね。正直に言うと、電気のことも、最初から詳しかったわけではないんです。でも、たとえばソーラーパネルは、何十年もかけて電気をつくり続けてくれる。火力発電に頼らずに済む。そういうことを知って、これは大事なことだな、と。
結局、知らないだけで、人は偏った選択をしてしまう。だからこそ、まず知ることが、大事なんですよね。海があるから、私たちは塩をつくらせてもらっている。その海を守るためにできることがあるなら、やっていきたいんです。
「おいしい」を、これからも

平川さんが、これからも守っていきたいものは何ですか。
やっぱり、「おいしい」ですね。おいしいって、ちいさいけれど、大きな幸せじゃないですか。特別なものじゃなくて、誰もが、いちばん手にしやすい幸せ。塩をつくるのも、海を守るのも、その「おいしい」を、ずっと言い続けてもらうためなんです。
その「おいしい」を、どんなふうに届けていきたいですか。
おいしいって、実は、味だけで決まるものじゃないんです。たとえば同じおにぎりでも、公園で友達と食べるのと、ひとりで食べるのとでは、感じ方が違うでしょう。どこで、誰と、どんな気持ちで食べるか。その全部で、「おいしい」は決まる。
だから、塩をつくることも、その塩を味わう場所や時間をつくることも、私にとっては同じことなんです。誰かがそこで、ほっとひと息ついたり、気持ちのいい時間を過ごせたり。そんな時間まで含めて届けることが、私たちの仕事なんだと思っています。
豊かな海があるから、おいしい塩ができる。その味を通して海のことを知ってもらえたら、それがまた海を守ることにつながっていく。そんな循環を、これからも大切にしていきたいですね。
編集後記
豊かな海も、森も、人の営みも。平川さんの話を聞いていると、そのすべてが、ひとつにつながっているのだと気づきます。 海のごみのことも、食のことも、自然エネルギーのことも。まず知ってもらえれば、一人ひとりが「自分に何ができるか」を考えはじめる。その最初のきっかけを、平川さんは、いろいろな形でつくり続けています。
もうひとつ心に残ったのは、平川さんが「おいしい」と感じる基準は、親から受け継いだものだ、と話してくださったことです。子どもの頃に「おいしいよ」と手渡された記憶が、その人の「おいしい」を、少しずつかたちづくっていく。
受け取った「おいしい」を、また次の誰かへ。そして、それを支える海や自然も、次の世代へ。平川さんが糸島で続けているのは、そんな未来への手わたしなのだと思います。
新三郎商店株式会社
福岡県糸島市にある、自然海水塩「またいちの塩」をつくる製塩所。糸島半島の西端、玄界灘に面した工房「とったん」で、海水100%を原料に、昔ながらの製法で塩をつくり続けている。竹を組んだ立体式の塩田で海水をゆっくりと濃縮し、平釜でじっくりと炊き上げる。ひとつの塩ができるまでに、ひと月以上をかける。代表の平川さんは、塩づくりにとどまらず、糸島の食材を活かした食事処やカフェの運営、海の環境を伝える活動にも取り組み、「おいしい」を支える海や自然を、次の世代へつないでいる。
https://mataichi.info/
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