100年後の名物を、つくる。信州里の菓工房が紡ぎたい景色

株式会社信州里の菓工房さま
- 飲食
- ~100名

長野県の南、中央アルプスと南アルプスに囲まれた飯島町。いまでは、栗の里として知られるこの地に、「信州里の菓工房」はあります。
地域でとれた栗を使った和洋菓子は、この町の自慢であり、家庭訪問に行けばどの家にも置いてある、と言われるほど、暮らしに根づいています。けれど、意外なことに、この地域はもともと、栗の産地ではありませんでした。
いまある栗畑は、一人の人が、遠い先を見据えて種を蒔いたところから始まったもの。栗のなかった土地に、なぜ栗を植えたのか。「100年後の名物をつくりたい」と願う、その想いの背景を株式会社信州里の菓工房の代表 安井路人(やすいみちひと)さんに伺いました。
お菓子づくりは、まったくの未経験だった
安井さんは、もともとお菓子づくりをされていたのですか。

それが、まったくの未経験なんです。もともとは、コンサルのような仕事をしていました。中小企業診断士の資格を20代の頃に取り、そこから共に勉強をしていた岐阜にある栗菓子会社の社長に「うちに来い」と誘われて飛び込んだんです。朝6時から、ずっと栗菓子をつくっていましたよ。現場を知らない人間が経営のことなんて言えないな、と思っていましたから。
その岐阜から、この飯島町へ。もともと、栗の産地だったのでしょうか。
いえ、この地域には、もともと栗はなかったんです。驚きますよね。岐阜の会社にいた頃、「新しい栗の産地をつくらないと将来まずいね」という話になって。岐阜も栗の産地でしたがやめていく農家さんが増えていて、10年後、20年後には、栗が手に入らなくなるかもしれない。今のうちに動いておかないと、と。それで、長野のこの飯島町を紹介してもらったんです。2004年頃のことですね。
栗のなかった土地に、一から作られたんですね。
そうなんです。ちょうどこの町も、りんごや梨農家さんの高齢化で、土地が少しずつ空いてきていた時期でした。だから、役場に行って町長に「栗を植えてもらえませんか」とお願いして。そこから約2年で、70名ほどの生産者さんに50トン分の栗を植えてもらいました。それが、すべての始まりですね。
農家の自信と、地域の自慢になるように
ただ栗を植えるだけでなく、お菓子にするところまで手がけようと思われたのには、何か理由があったのですか?

せっかく栗を植えても、それを活かす場所がないと意味がない。ちょうど行政からも「加工所をつくってほしい」と言われていたので、この地域で加工してお菓子にする「信州里の菓工房」というブランドを立ち上げ、発信していきました。
ただ、最初はなかなか栗菓子の価値が伝わらなくて。この地域には、もともと栗のお菓子の文化がなかったので。受け入れてもらえるまでには、ずいぶん時間がかかりました。それでも続けてこられたのは、「農家の自信と、地域の自慢」という思いがずっとあったからなんです。
農家さんが心を込めてつくった栗を、私たちが加工してお菓子にする。それを、地域の人が手土産にして「これ、うちの地域の名物なんですよ」と自慢してくれる。そういう循環をつくりたかった。実際、栗をつくっている農家さんがお菓子を買いに来て、「俺のつくった栗でできとるんだ」と、うれしそうに話してくれるんですよ。その顔を見ると、ああ、これだな、と思いますね。
子どもたちにも、届けているそうですね。
はい。町の保育園や小学校、中学校の給食に、毎年栗きんとんを無償で提供してきました。子どもの頃に「おいしい」と感じた記憶は、大人になってもずっと残りますから。そうやって、この土地の味を次の世代にも覚えていてほしいんです。
目の前の一日を、大切に
20年の歩みのなかで、たどり着いた考えはありますか。

いろいろな失敗もしましたけれど、最後にたどり着いたのは結局コツコツ続けることがいちばん大事だ、ということでした。
バズるとか、一気に売れるとか、そういうことは今はまったく求めていないんです。それよりも、1日に1人ずつでもお客さんを増やしていく。一度来てくださった方が「また来たい」と思ってくれる。その積み重ねのほうが、ずっと大事だと思っています。瞬間的に売れても来年はまったく売れない、というのでは意味がないですから。
一つずつ、積み重ねてこられたのですね。
そうですね。それに、この仕事は私一人でできることなんて本当に小さいんです。もともと私は愛知県の出身で、この土地とは縁もゆかりもなかった。それが今では、都会では住めない体になってしまいました(笑)。工房を立ち上げて、従業員が集まってくれて、生産者の方々とつながって。振り返ると、全部ご縁なんです。栗を植えてくれる農家さんがいて、お菓子を買ってくれるお客さんがいて、はじめて成り立つ。一人では何もできないんですよね。
だからこそ、その一つひとつのご縁を大切にしたい。一日一日を、一人ひとりを、丁寧に積み重ねていく。それでしか、この仕事は続いていかないと思っているんです。
地域の自然を、未来へ
今回、電気を自然エネルギーに切り替えてくださいました。もともと、環境やエネルギーに関心はあったのでしょうか。

いや、正直に言うと、そういうことにはあまり詳しくなかったんです。自然エネルギーというものも、恥ずかしながらよく知らなくて。今回、ご縁があって初めてこういう選択があるんだと学びました。
というのも、農業の現場にいると、温暖化を本当に肌で感じるんですよ。栗はまだ大丈夫ですが、お米やりんごはこの先この地域では作れなくなるんじゃないか、というくらい。実際、異常気象で作物がだめになる、という話も増えています。
だから、自然エネルギーのことを知ったとき「これはいいきっかけだ」と思ったんです。難しいことは分からないけれど、少しでも地域の農業やこの自然のために役立つのならやってみようと。
自然エネルギーを選ぶことも、その延長にあるのですね。
そうですね。この農村が続いていけるのも、豊かな自然があってこそなんです。星がきれいで、水がおいしくて、おいしい作物が育つ。その環境が守られなければ、私たちの栗づくりもこの地域の暮らしも成り立たなくなってしまう。だから、環境のためにできることがあるならやっていきたいんです。
100年後の名物を、つくる

これから、どんなことに力を入れていきたいですか。
私はこの栗づくりを、ずっと先の未来を見据えて始めたんです。だから、まだまだ道の途中で。実は、後継者もまだいないので、もうしばらく私がやり続けないといけませんね(笑)。
長野県の別の地域でも、同じように栗を育てられたらいいなと思っています。この飯島町では、おかげさまで栗が根づきましたが、長野県全体で見ると、まだまだブドウやりんごのイメージが強いんですよね。いつか「長野といえば栗」と言ってもらえたらうれしいですね。
この先も残していくために、大切にしたいことはありますか。
次にやるときは、栗づくりのかたちも変えたいと思っていて。今は、自分の土地に栗を植えるので、その人がやめてしまうと木を切ることになってしまう。でも、みんなで関われる大きな農地として組織化すれば、誰かがやめてもまた別の誰かが手伝える。主婦の方でも、いろんな人が関われる。そうすれば、栗づくりそのものが途切れずに続いていくんです。
一人の人がつくって終わり、ではなく、いろんな人の手で次の世代へ受け継がれていく。そういう開かれた栗づくりにしていきたいんです。
豊かな自然があって、田畑が荒れずにきちんと手入れされている。私が守りたいのは、そんな風景なのかもしれません。栗づくりは、そのための一つの方法で。栗をきっかけに共感してくれる仲間が増えて、この農村が100年後も元気に続いていってくれたら。それが、いちばんの願いですね。
編集後記
取材のなかで安井さんがさらりと口にされた、「100年後の名物をつくる」という言葉。
木を植え、種を蒔く人は、その木が大きく育ち、実をつける景色を自分の目では見られないかもしれません。それでも、遠い未来を想って、今日、種を蒔く。栗のなかった土地に木を植え、農家さんや地域のかたたちと少しずつ育ててきた20年も、きっとその一歩一歩だったのだと思います。
100年後。この町で暮らす子どもたちが、「これ、うちの自慢なんだよ」と笑い合いながら、栗のお菓子を頬張っている。安井さんのお話を聞いて、私たちも未来につながる小さな一歩を、ひとつずつ重ねていきたいと思いました。
株式会社信州里の菓工房
長野県上伊那郡飯島町にある、栗を中心とした和洋菓子の会社。もともと栗の産地ではなかったこの地で、2004年に栗を植えることから始め、地域の農家とともに「信州伊那栗」を育ててきた。栗きんとんや栗あんぱん、モンブランなど、収穫したての栗を活かしたお菓子を手がけ、二つのアルプスを望むカフェも併設。「100年後の名物をつくる」を掲げ、農家の誇りと地域の自慢になるお菓子づくりを続けている。
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